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2020年3月20日金曜日

鉄道コレクション・1000形新製冷房車について

先日の活動中、昨年京急百貨店で発売された鉄コレ1000形の監修とフォトブックの写真提供をされた方(いちおうお名前は伏せます)がお見えになり、製品化までの裏話を聞かせていただきましたので、せっかくなのでこちらでアップさせていただきます。

1000形新製冷房車の中でも最終製造タイプの前面側屋根端部の雨どいがへの字型に処理された昭和50年度車(浦賀方先頭車の車号で表すと1291編成と1329編成~1375編成、1079編成、1243編成)の更新前の姿がモデルになっています。
新製冷房車での中でもその前の昭和46~48年度車は雨樋が凹型で差があり、はじめ鉄コレにするならその46~48年車で希望されたそうですが、郵便局オリジナル版で既出の更新後タイプとのパーツ共用が優先されたため50年以降車に落ち着いたそうです。
黒幕化などの車両更新をされた際に↑写真の様にすべてへの字型に統一されました
※2003年1月1日 小島新田にて筆者撮影

黒幕更新車のモデル化を避けたのはベテラン京急ファンには更新前の姿の方が人気だから。
ひょっとしたらその更新車についてはトミーテック社が発売を考えているかもしれませんね。
↑あくまで筆者個人の予想です

以下、ワタシの鉄コレ加工品(別ブログで紹介済み)を例にします
同じ理由で小判型の車側灯(↑画像の戸袋窓右上)もモールドできなかったので印刷表現にとどめております

床下の主抵抗器は実車のそれとは形が違うものの、やはり専用品を起こすことができなかったためやむを得ずの選択です。

集中型クーラーは鋼製キセのためグレー
未更新時代をご存知ない方は銀色でないことに違和感を覚えるかもしれませんがこれが正解

自動連結器時代は、冷房車の品川方先頭車下部にジャンパ栓が合計5本下げられているのが大きな特徴でした。
私の作例では右側3連ジャンパ栓の隣にあった小さいジャンパ栓を省略したうえ、左側のジャンパ栓ももっと太いものにしないといけないので厳密には正しくはありません(^^;)

百貨店でのみセット発売されたミニフォトブックには、そのジャンパ栓の特徴を模型のグレードアップの参考にしてもらいたくて逆光側になりがちな品川方先頭車の写真を意図的に多く掲載したのだそうです。

↑こちらの写真などは中間に車幅の異なる先行試作車編成がはさまっている
…といった具合に趣味的に見ても面白い写真を選んだそうです

ちなみに裏表紙の解説文は当保存会が担当させていただきました。

他にも伺った事はありましたがひとまずこういったお話でした。
フォトブックについてはすでに入手は困難かとは思われますが、鉄コレともどもこういった意図を踏まえて楽しんでいただければ幸いです。

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2018年11月3日土曜日

【予告】11/10 定期活動

来週11月10日は第二土曜日ですので11:00〜16:00の間、逗子第一運動公園での定期活動を行います。
いつもの清掃&アテンド(見守り)活動と並行して引き続き“還暦の赤プロジェクト”の後方支援的なPRも少しはしようと思います。

ってことで“#デハ1000形の思い出”としてツイッターにもアップした過日入手の古写真から…
↑来年還暦を迎える京急デハ1012号車(1959年製造)
非貫通前面でデビューしたので今とはだいぶ雰囲気が違いますが現在の琴電1082号車です

次位のデハ1011号車
こちらは当時中間車で、琴電譲渡時に反対側先頭車のデハ1009の貫通前面をもらって琴電1081号車になりました。※現在の姿はこちらをご覧ください
プロジェクト成功の暁にはこの1081編成が赤くなる可能性が濃厚です。

ついでながら、、、
我々としては立場上取り上げたいデハ758号車(→のちのデハ616号車)
今年のゴールデンウィークにレトロ電車と連結して大活躍した琴電1074号車の登場時の姿です。いずれも60年も走っているので姿がずいぶん変わっていますね。
※画像3枚とも撮影年月日・撮影者不詳
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2018年10月23日火曜日

【古写真から】デハ5105→ことでん62

  • 【古写真】2両の101号車で入手したことをお伝えした写真スクラップの中に京浜電気鉄道デハ5105号車の写真がありました。

東京急行電鉄湘南線デハ5105(元京浜電気鉄道29号形デ37号車)
撮影者不詳 廃車になった1948年頃の撮影?
のちに琴電入りした車両の様だったのでWikipediaを読むと、驚いたことに現存している琴電62号車に行き着くことが分かり、ことでん貸切乗車会の翌日に見に行ってみました。

空路で高松入りすると、高松空港着陸時に見えるところに保存されている62号車は目視できるものの、空港ターミナルとは滑走路を挟んで逆側なのでこれまでなかなか行けませんでした。
バス便があるターミナルからも遠いためどう行こうか悩みましたが、仏生山駅で借りられるレンタサイクル(↑)利用に決定。

↑ガソリン道 さすがに戦前に廃止になっているので軌道の痕跡はないようです
同駅裏から続くかつての塩江軌道線跡である“ガソリン道”を途中まで辿り、途中から空港通りに軌道修正。延々と目測斜度5度以下の緩い登りが続く道を空港目指して自転車を漕ぎ一度右折。

空港ターミナルに分岐する曲がり角を曲がらずまっすぐ行って滑走路下のトンネル(↑)をくぐると

“さぬきこどもの国”の下に到着。62号車の場所はすぐ分かりましたので駐輪場に自転車を置いて観察。
房前公園の335と同様に立派な屋根の下に鎮座しています

廃車時のレトロ電車カラーが維持されています

9:30から16:00まで車内が開放されているとのことで、手でドアを開けて車内へ。

路線図・ドアステッカーなどは現役時代そのまま

網棚の縁や、、、

座席の袖仕切りなど凝った意匠です。

運転台も出入りできます
一部の電気回路は通電されている様で場所によっては合図用ブザーが鳴りました。

古風なカノピースイッチ

車体は1953年(昭28)琴電で新調しており、、、

台車も阪神由来のU形イコライザーに交換されているため京浜時代の面影はほぼありません。

従ってこの“日本一長く走り続けた電車”という触れ込みはあくまで名目上のはなしと言わざるを得ません。
とはいえ琴電の貴重な生き証人であることには違いなく、状態も良く末永く保存されることを願います。

ついでながら、同公園には62号車の向かいにYS-11が保存されているのでざっと見てみました。

据付のタラップから機内に入ると、、、

2×2シートが並ぶ客室内は新幹線より狭いくらいの空間

コックピットにも入れますがお子さまが順々に入るので写真だけ撮って退散。
飛行機には詳しくないワタシですが貴重なものが見れました。

公園に面する高松空港の滑走路には現役の旅客機が離発着。
のりもの好きなお子さまにはうってつけなスポットですね♪
・・・公共交通でアクセスできないのが玉にキズですが。

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2018年10月12日金曜日

【古写真】2両の101号車

先日、オークションサイトでとんでもなく貴重な写真スクラップ帖が出品されていたのを見つけ、京浜急行に関するものだけ2冊落札いたしました。
京急のみならず多くの鉄道のものが出品されており、ネット上では某研究家のコレクションではないかと噂されていますが。。。

この史料を今後どう扱うかは現在検討中ですので、さわりとしてまずは2枚だけアップします

1、旧京浜電気鉄道デ101号車の廃車体
撮影日不明 川崎車庫?
1号形18号車の事故復旧の際にアメリカで当時走っていた中央1つドアのインタアーバンカーの様式を取り入れて(諸説あり)両端部を切り詰めたテストカー。
見た目通り使い勝手が悪かったので早々に廃車になったものの、車体だけが長いこと活用され、この車が履いていたベックハム台車が現在でも京急ファインテック久里浜事業所に保存されています。

2、東急車輛製造㈱ モニ101
1954年3月 荻原二郎氏撮影
鶴見臨港鉄道で廃車となった元鉄道省モハ1型を職員輸送兼牽引車として譲り受けたもの。
後年車体を乗せ換えて東急電鉄7000系そっくり(ただしステンレスではなく高張力鋼車体)になりました。
↓↓↓
こちらは筆者撮影の写真(1988年夏)平成初頭に解体された様です。

なぜこの2枚をアップしたかというと、この両車が混同されていたことがあったからです。というのも近年発刊されたある京急のムック本に、神武寺駅の駅名標の後ろに写っていた東急車輛モニ101に対して最初に挙げた京浜電鉄デ101の解説がなされていたのを目にして気になっていたものですが、ご覧の通り全く違う車両です。

それはそれとして、今回入手したスクラップブックを明日(10/13)の逗子第一運動公園でのデハ601定期活動に持ち込むつもりですので、ご興味のある方はどうぞお気軽にお声掛けください。

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2017年2月20日月曜日

貴重な古写真を入手しました。

先日、オークションサイトで良い写真を手に入れました。
※無断転載はご遠慮ください(いつもそうですが)
傷の付いた8×6cmの小さいプリントでしたので写真屋さんでデータ化してCD-Rに取り込んでもらいました。
「32-3-22 702-752」と裏書きされているのでデハ702とデハ752が東急車輛を出場する前に撮られた写真の様です(資料によると同年4月6日竣工)。後にデハ603と604に改番して逗子のデハ601と編成を組んだ兄弟車です。
撮影者は不明ですが当保存会の所蔵品として折に触れて役立てようと思います。

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