2024年10月20日日曜日

【いすみ】デハ1052とポッポの丘の近況+となりの2200形

↑デハ1052と某電車
当ブログ担当の筆者が家庭事情でなかなか房総まで足を運べず、たまに行けそうな日があっても天候不良で断念したりすることが複数回あって全く報告できていませんでしたが、ポッポの丘のデハ1052はとっくに整備が完了しております。

そんななか昨日(10/18)ようやく見に行くことができたので、まずは現状からご覧ください
雨でボディが湿っていてわかりづらいかと思いますが、すっかり車体整備が終わって現役時代の色つやを取り戻しました!!

修繕は私たち保存会メンバーでさび止めを塗る段階まで施工したものの、メンバーが集まって作業を完了させることに限界があったため、下地仕上げから塗装までを実績が多数ある福岡の㈱ワンマイルにメンバーで代金を出し合って依頼。昨年末に修繕が完了しました。
その後若干の修正を経て今に至ります。

レプリカヘッドマークを付けて撮影してみました
・・・一度現地でご覧になった方はお気づきかもしれませんが、展示場所が変わりました

というのもクラウドファンディングで別の保存会様に引き取られたうちの1両の元小田急2200形デハ2211(→富士急行モハ5708)が先月末にポッポの丘30両目の鉄道車両として搬入され、合わせてその隣となるようデハ1052も移動したのです。
そのデハ2211と顔を並べるように配置されました。
昭和中期の私鉄初期高性能電車同士が並んでいることになるので、我々のような昭和の人間は胸がときめきます😍
1052がカットボディで車体が完全には残っていない点をある程度隠せることも好都合でしたので、この並べ換えの話が来て二つ返事で賛成したのでした。

なおデハ2211についてはお披露目がまだ済んでいなかったため撮影時点では前面をブルーシートで隠した状態でした。詳細については公式発表を待ちましょう。

駐車場を挟んで反対側の103系(クハ103‐525)は京浜東北線や京葉線をイメージした青22号になり(反対側面は塗り途中)

キハ38‐1は旧久留里線色化

間にクモニも交えたこちらも楽しい並びですね♪

カフェTKG側には小田急電車の少し前に仲間に加わったサシ581‐31も展示中

手がかかりそうな状態ではありますが今後に期待しましょう

さらに、ガチャコーナーになっている万葉線デ7052は都電8000形に化けました。
まったくの赤の他人な万葉線と都電ではありますが、都電カラーに塗られるとそれっぽくみえますね。地域的に万葉線より都電の方がなじみがありますし…

よく見ると検査表記も都電仕様。なかなかのこだわりですね

で、筆者の目的はもうひとつ、現地に置かせていただいているポッポの丘ジオラマの車両をちょっと入れ替えました

手前の線路になんとなくおいていたキハ52と小湊鐡道キハ200を外して“東国吉支線”をイメージしてキハ30とキハ28、

それにこの度仲間に加わった小田急電車を歓迎して2200形を設置してまいりました。

翌日の10月19日に小田急2200形の除幕式があるというのでそれに合わせて訪問したかったのですが、息子のお世話当番とかち合って外出できないため前日の訪問となりました。
ところがその日に限っていすみ市は豪雨の一日、一瞬薄日が差したものの写真を撮っているうちにカメラレンズに水滴がつくようなザーザー降り😭
どうやら私は雨男の様で行くたびに雨に見舞われてばかり。。。自力での1052修復をあきらめたのはそういう事情もあったんです。

小田急電車の披露会は盛況だったようで、デハ1052保存会の他メンバーも足を運んで1052にヘッドマークを掲出するサプライズを行うことで式典に花を添えました。

残念な事故で近くを走るいすみ鐡道が長期運休中ではありますが、相乗効果で各車両ともより良い方向に進んでいくことを期待しています。

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2024年10月12日土曜日

「デハ601フェスタ in ZAF2024」終了【逗子】

 逗子市で10月恒例の“逗子アートフェスティバル”(=ZAF)内の自主企画として、本日10月12日(土)は定期活動に変えて「デハ601フェスタ」を行いました。
前面にはまた往年のヘッドマークを掲げて

側面種別表示幕には当保存会の活動10周年をアピール

乗務員室内には普段ないブレーキハンドルや仕業表、ブザーに放送マイク、制帽を並べておいて自由に遊べるようにしておき、

車端にはNゲージジオラマと古い駅名票を展開

ほかにも車内に京急電車やバス、横須賀線関連の展示品を陳列

模型コーナーはスペースの都合で神武寺駅ジオラマなどの展示を断念するなど昨年より縮小しましたが、食い入るように見つめて動かない男の子がいたり、「黄色い電車は見たことがない」という親子の方にイエローハッピートレインの存在を教えて差し上げるきっかけになるなど、持ち込んだ甲斐がありました。

今回の企画のメインとして拙作のジオラマを前面に出していただいて恐縮です

展示品を一通り並べ終えた12時ごろにはほとんど来客がなかったものの、時間がたつにつれてこられるお客様が多くなり、15時台には乗務員室には複数のお子様が遊んでいました。中には英語放送まで暗記して放送で披露されたお友達もいましたし、イベントに合わせて来ていただいた大人の方も数名いらっしゃいました。

そんなわけで本日のイベント(←公開イベントと言ってしまうと普段公開していないように思われるのでこう表現します)は無事終了。ZAF時代はまだほかの企画もありますのでアート方面が気になる方は調べてみてください
ZAF2024公式HP→ https://www.zushi-art.com/
当保存会は次回も第二土曜日の11月9日午後に活動いたします。

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2024年10月2日水曜日

大師線を走った貨物列車【京急線雑学】

 ↑結論から先に言うと走っているところはついに見れませんでした。。。

京急線には金沢八景~神武寺間に総合車両製作所の入出場車輸送のた三線軌条(軌間1,435㎜の中にもう1本レールがあって軌間1,067㎜の列車が通れる)があるのはファンには有名ですが、1997年(平9)まではもう1か所大師線の川崎大師~小島新田間にもありました。
今回はそちらをとりあげます。

鉄道ピクトリアル誌1997年3月号に、その区間を通る貨物列車は不定期運転ではあるものの京浜急行終車後の0:08に川崎貨物を発車して川崎大師先の味の素㈱川崎工場に0:23着。折り返し0:43発のダイヤである。という記述をがあったことから、筆者は2度ほどその運転時間に合わせて川崎大師駅付近に繰り出したもののいずれも空振り。特に1回目は多摩川をはさんで東京都側から夜中に自転車を漕いで行ったものだからお巡りさんに自転車の防犯登録確認のため職務質問され(10代後半から20代前半位の頃は夜中自転車を窃盗していないかとよく呼び止められるんですよね…)、持ち物の一眼レフカメラを見つけられると盗撮か? などとあらぬ誤解を招いてしまい釈明にかなり苦労したという苦い思い出もあって、足が遠のいているうちにその区間の鉄道貨物列車が廃止されたという報道を見て愕然としたのでした。
↑皆さんおなじみ味の素の原料になるアミノ酸を輸送したタンク車タム5000形(1996年5月撮影)
大師線の貨物列車はこのタンク車(←味の素の私有車なので通称“味タム”)の輸送が主でした

その味タムを5~6両程度連ねた貨物列車を牽引したのは神奈川臨海鉄道のDD55形。
当時は↑のような塗装でした。
ちなみに写真のDD5515は撮影当時根岸にいましたが、のちに東急車両製造㈱→総合車両製作所に引き取られて昨年まで京急逗子線内を夜間に走っていた機関車です。

小島新田駅付近の貨物線(現在は撤去・再開発済み)
写真奥が神奈川臨海鉄道川崎貨物駅方。手前側に小島新田駅があります

踏切から見た小島新田駅(夜に撮った写真で恐縮です)。2002年10月撮影ですのでレールは撤去されていますが画面右側から貨物線がきてホームの手前で合流していました。

産業道路第一踏切から見た産業道路駅(現在は地下化されて大師橋駅)
写真右側の下り線のみ三線軌条だったのですが、やはり貨物輸送廃止後なのでそのレールは撤去されており、踏切内にその痕跡が見て取れます。

川崎大師駅前の踏切から見た味の素㈱川崎工場の貨物門
これも線路の撤去後の写真ですが、写真中央の門から貨物列車が出入りしていました。

先ほどの鉄道ピクトリアル誌によるとこの貨物列車の乗り入れが開始されたのは1947年からで、当時盛業だった川崎市電と京急大師線の線路をつたって国鉄のSLがけん引して入っていたそうですが、国鉄塩浜操車場(現在の川崎貨物駅)が後になって建設されたことで市電が廃止され、操車場から臨海鉄道の機関車牽引に代わったそうです。
※写真はすべて筆者撮影

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