↑結論から先に言うと走っているところはついに見れませんでした。。。
京急線には金沢八景~神武寺間に総合車両製作所の入出場車輸送のた三線軌条(軌間1,435㎜の中にもう1本レールがあって軌間1,067㎜の列車が通れる)があるのはファンには有名ですが、1997年(平9)まではもう1か所大師線の川崎大師~小島新田間にもありました。
今回はそちらをとりあげます。
鉄道ピクトリアル誌1997年3月号に、その区間を通る貨物列車は不定期運転ではあるものの京浜急行終車後の0:08に川崎貨物を発車して川崎大師先の味の素㈱川崎工場に0:23着。折り返し0:43発のダイヤである。という記述をがあったことから、筆者は2度ほどその運転時間に合わせて川崎大師駅付近に繰り出したもののいずれも空振り。特に1回目は多摩川をはさんで東京都側から夜中に自転車を漕いで行ったものだからお巡りさんに自転車の防犯登録確認のため職務質問され(10代後半から20代前半位の頃は夜中自転車を窃盗していないかとよく呼び止められるんですよね…)、持ち物の一眼レフカメラを見つけられると盗撮か? などとあらぬ誤解を招いてしまい釈明にかなり苦労したという苦い思い出もあって、足が遠のいているうちにその区間の鉄道貨物列車が廃止されたという報道を見て愕然としたのでした。
↑皆さんおなじみ味の素の原料になるアミノ酸を輸送したタンク車タム5000形(1996年5月撮影)
大師線の貨物列車はこのタンク車(←味の素の私有車なので通称“味タム”)の輸送が主でした
その味タムを5~6両程度連ねた貨物列車を牽引したのは神奈川臨海鉄道のDD55形。
当時は↑のような塗装でした。
ちなみに写真のDD5515は撮影当時根岸にいましたが、のちに東急車両製造㈱→総合車両製作所に引き取られて昨年まで京急逗子線内を夜間に走っていた機関車です。
小島新田駅付近の貨物線(現在は撤去・再開発済み)
写真奥が神奈川臨海鉄道川崎貨物駅方。手前側に小島新田駅があります
踏切から見た小島新田駅(夜に撮った写真で恐縮です)。2002年10月撮影ですのでレールは撤去されていますが画面右側から貨物線がきてホームの手前で合流していました。
産業道路第一踏切から見た産業道路駅(現在は地下化されて大師橋駅)
写真右側の下り線のみ三線軌条だったのですが、やはり貨物輸送廃止後なのでそのレールは撤去されており、踏切内にその痕跡が見て取れます。
川崎大師駅前の踏切から見た味の素㈱川崎工場の貨物門
これも線路の撤去後の写真ですが、写真中央の門から貨物列車が出入りしていました。
先ほどの鉄道ピクトリアル誌によるとこの貨物列車の乗り入れが開始されたのは1947年からで、当時盛業だった川崎市電と京急大師線の線路をつたって国鉄のSLがけん引して入っていたそうですが、国鉄塩浜操車場(現在の川崎貨物駅)が後になって建設されたことで市電が廃止され、操車場から臨海鉄道の機関車牽引に代わったそうです。
※写真はすべて筆者撮影
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