2024年9月28日土曜日

【お知らせ】10/12 デハ601フェスタin ZAF2024!

 きたる10月12日(土)、逗子第一運動公園のデハ601において「デハ601フェスタin逗子アートフェスティバル」を開催いたします。

すでに植えの通り逗子アートフェスティバル2024公式HPにアップされておりますが、内容としてはデハ601前面へのヘッドマーク取付けや、メンバーが収集した周辺鉄道の貴重な実物コレクション展示、車内でのNゲージジオラマ展示、そして当保存会の活動報告などを行います。

なお昨年開催時とは異なり今回は1日だけの開催です、また荒天時は大幅に展示内容を縮小する場合があります。
※開催時間が13:00~16:00となっておりますが、もう少し早く12時には披露できるようがんばります!

この機会にぜひ逗子第一運動公園に足をお運びくださいm(__)m
にほんブログ村 鉄道ブログ 保存鉄道へ

2024年9月14日土曜日

9月分定期活動

 本日9月14日はは第二土曜日でしたので、逗子第一運動公園での定期活動を行って参りました。

いつも通りの窓開け換気のほか、

周辺はもう雑草で覆われている状態ですので、

柵内側のプラットホーム部分の草取りを行いました(ビテツ部さま施工)。
柵の外側はたぶん市役所側で草刈りをしてくれる…はず

午後になると今日も酷暑日ですのでなにもやる気が起きず、来月の逗子アートフェスティバルの軽い打ち合わせをした位の活動で終了。
↑ヘッドマーク取付の予行演習(?)

車内に掲示しているこのPRカードも取り替え時かな?
次回活動日にあたる10月12日(土)は逗子アートフェスティバルの一環でデハ601でも活動披露イベントを行います。昨年は3日間設定しましたがそれだとしんどいので(汗)、今年は12日の1日だけのイベントということは決まっていますが、追ってこのブログ等で告知いたします。

にほんブログ村参戦中、グッと来たらクリック下さいm(_ _)m
にほんブログ村 鉄道ブログ 保存鉄道へ

2024年8月10日土曜日

【逗子601】8月分定期活動終了。

 宮崎県沿岸に神奈川県西部と大きい地震が続き、南海トラフ地震のも要警戒と心配がつきないところですが、残暑お見舞い申し上げます。
↑今日の前面表示は[急行 羽田空港]
デハ601保存会は通常どおり運行しておりますので第2土曜日の本日8/10は逗子第一運動公園での定期活動を行って参りました。

↑これは誰かが車内に置いて行ったセミの抜け殻

蚊取り線香を炊きながら

いつもの窓開け換気に掃き掃除

風鈴と打ち水で多少なりとも涼を求めます。

物足りない内容に思われるでしょうが、逗子で34℃に達する危険な暑さのなか3時間も4時間もクーラーに当たらずに動くのは身の危険がありますので活動内容としてはこれくらいにしておきました。

やはり暑さのため公園を見ても広場で遊ぶお子さまもおらず、デハ601の方も時おり隣の市民プール帰りの親子連れの方が立ち寄る程度の人手でした。

来月も第2土曜日の9/14に活動いたします。
なお、例年デハ601保存会名義で出展していた国際鉄道模型コンベンションには今回は個人的都合により出展いたしません。筆者(ハマちどり)は個人として作品展示をいたしますが…

保存会としてのイベントは10月の逗子アートフェスティバルにあわせて計画中ですので、そちらは追ってお知らせいたします。

にほんブログ村参戦中、グッと来たらクリック下さいm(_ _)m
にほんブログ村 鉄道ブログ 保存鉄道へ

2024年7月14日日曜日

【達成!】「小田急2200形を救いたい」プロジェクト【クラファン情報】

 小田急デハ1801保存会の皆さまによる新たなクラウドファンディングが始まりました!
今度は完全に残っていた2200形2両編成が解体の危機に瀕しているので、新たな保存会を起こしてそれを引き取って保存するというプロジェクト。
詳細はプロジェクトページをご覧いただくとして、成功すればパンタグラフ付きの元小田急デハ2211(→富士急行モハ5708)は房総・いすみ市のポッポの丘に収まることになります。そうすると昭和中期の我らがデハ1052や、丸ノ内線454号車と昭和中期の初期高性能電車という共通点のある仲間同士同じ施設にいることになる訳ですから考えただけでも楽しいですね♪

筆者は小田急線に乗る機会はそこそこあったものの、2200形が小田急線から引退した1984年当時まだ7歳でしたので残念ながら記憶ががありませんが、富士急行線(現:富士山麓鉄道)の1989年頃に父に連れられて三つ峠へハイキングに行った時に写真に収めておりました。

富士急行モハ5708号車(もと小田急デハ2211)
この時はこの編成だったか別の5700形に大月まで乗ったのは確かですが、客室の窓が結構大きく開くなぁという印象しかありません(笑)。

小田急電鉄本体でも近年まで2200形が2両編成で残されていたのですが、収容場所の都合でそのうち1両が解体処分されたのは大いに悔やまれれるところです。
↑解体されてしまったデハ2202号(2023年の小田急ファミリー鉄道展で撮影)

↑こちらは現存するデハ2201号(現在非公開)
当時流行していた正面2枚窓の前面は逗子のデハ601にも通じるものですので、場所は離れますが見比べてみるのも実物が残っている保存車ならではの楽しみですね。

2両編成で機能する車両を2両とも残す意味での産業遺産としての価値もにありますし、将来的には「小田急沿線への里帰りを目指す」という目標はわたしたちも大いに共感するところです。

第一目標として設定されてる800万円を超えて第二目標の1300万円に達しなければその2両そろっての保存はできません。

ごらんの皆様にもご賛同いただければ幸いです。

プロジェクトページのリンク先↓

にほんブログ村 鉄道ブログ 保存鉄道へ

【逗子601】7月分定期活動終了。

 
本日7月13日は第二土曜日でしたので、逗子第一運動公園でのデハ601保存会定期活動を行ってまいりました。

今回もメンバーそれぞれが現地にいられる時間が限られるため軽めに活動。
午前中は掃き掃除と、金属部分や窓などの水拭き

午後メンバーで掃除の続きとともに、道路側の白帯に浮き出たサビを落とす実験
※ここからは保存会メンバー撮影写真です
ビフォー
アフター
効果があることは分かったものの、何分気温が高いので根を詰めず今回はこの1か所だけにとどめました。

そして暑さを少しでもしのぐためにホーム側に打ち水をしました。

都心部に比べればまだましなものの、夏真っ盛りなためかなりの暑さになるので体調を考えて短時間ずつの活動になりました。
9月くらいまでの暑さが厳しい季節にあたる活動日は控えめに活動いたしますのでご容赦ください。

にほんブログ村参戦中、グッと来たらクリックくださいm(__)m
にほんブログ村 鉄道ブログ 保存鉄道へ

2024年6月8日土曜日

【逗子601】6月分定期活動終了

↑あじさい越しのデハ601
 本日6/8は第二土曜日でしたので、逗子第一運動公園でのデハ601保存会の定期活動を行って参りました(`_´)ゞ

梅雨時…と言おうと思ったら今年はまだ梅雨入り宣言してなかったですね。

晴れてだいぶ暑くなっていたので換気のためとにもかくにもオープン・ザ・窓!!
(↑指を挟まれるおそれがあるので皆さんは開けないで下さいネ)。

そしていつもの掃き掃除。結構ごみがたまるんです

こもっていた空気も入れ替わり爽やかさを取り戻したように思える車内

そうそう、乗務員室の床に穴が開いていたのですが、少し前にメンバーが鉄板でふさいでくれました↓
場所は放送装置本体があった辺り。風穴があいていたのが言われないと気付かない位にふさがりました。

↑この時期抜いても抜いても生えてくる車両周りの雑草
フェンス内の草は公園管理の方の手が届かないので今後の活動で処置したいところです

もろもろの事情により筆者は活動限界なのでお昼くらいで退出。
午後のメンバーに後を託しました。

にほんブログ村参戦中、グッと来たらクリックくださいm(__)m
にほんブログ村 鉄道ブログ 保存鉄道へ

2024年5月16日木曜日

横須賀線・田浦駅から伸びていた専用線【2001】

 久しぶりにうんと濃厚な鉄道ネタをひとつアップいたします。

逗子市から外れて横須賀市側に入ったJR横須賀線の田浦駅は、駅がトンネルに挟まれているためホームが短く、11両編成のうち1両のドアを開けないことはよく知られていますが、同駅から分岐していた貨物線もなかなか怪しい雰囲気で知る人ぞ知るディープスポットでした。
だいぶ昔のものではありますが、今回は筆者がその貨物側線を探検しに行った2001年₍平13₎3月の写真です。

駅入口の跨線橋から見た田浦駅
幅広の古風なホームの手前に分岐するのが今回のお題の貨物側線。トンネルの先で左にカーブしています

そのカーブした先が道路と交差する部分
当時は機関車がまだ待機していました

前写真の位置から振り返ると、道路に沿って敷かれた線路と海側₍↑画像奥側₎に続く線路が直角に交差しています。
これが日本国内では数少ない“ダイヤモンドクロッシング”という線路配置でして、これだけを見に訪れる線路配置ファンも少なくないようです。

先ほどの機関車がいた線路をたどっていくと田浦駅前から続く道と合流して駅と逆方向に続き、比与宇トンネルというトンネルの中で線路が途切れていました。暗すぎて写真が撮れなかったのが残念…
この専用線が走っていた頃はこのトンネル側まで来た貨物列車が方向を変え、↑写真に見えるポイントを直進して先ほどのダイヤモンドクロッシングを横切っていました。
※地図を貼るのが面倒なので地図サイト等で位置関係を確認ください

田浦駅方向に戻る感じで線路をたどると、道路に沿ってしばらく続いて相模運輸倉庫㈱の倉庫街に二手に分かれて入っていました。
その倉庫辺りは関係者以外立ち入り禁止でしたので、代わりに川を渡る“吾妻橋”の線路の画像を↑

先日国土地理院の航空写真閲覧サービスでこのあたりの古い写真を見てみたところ、ダイヤモンドクロッシングの先を進んだ線路は大きく弧を描いて、吾妻島との間の“新井掘割水路”に面した海っぺりに石油の積み込み施設があって、そこで石油を積み込んだタンク車が米軍の厚木基地や横田基地などへジェット燃料を運んでいたようです。
また比与宇トンネルの線路はもともとは途切れずトンネルの向こうまで続き、その石油施設に伸びていたように見えます。

この一連の線路はもともと三浦半島一帯を要塞化していた旧日本軍が建設したもので、第二次大戦後在日米軍が活用していたものですので、このような大規模な専用線が形成されていましがが、廃止になってから徐々に線路が撤去されるなど痕跡が消えつつあるようです。
とはいえいくらかは線路跡があるようなのでご興味がある方は散策してみてください。
ただし立ち入り禁止の場所には決して入らないのが鉄則ですヨ!

にほんブログ村参戦中、グッと来たらクリックくださいm(__)m
にほんブログ村 鉄道ブログ 保存鉄道へ