2024年12月17日火曜日

【逗子601】12月分定期活動終了。

↑椿の花とデハ601
 12月14日は第二土曜日でしたので、逗子第一運動公園でのデハ601保存会定期活動を行ってまいりました(`・ω・´)ゞ

車内の掃き掃除の後、雨漏り対策でクーラーにかぶせていたビニールシートが風で外れてしまっていたのでその処置にかかります。
屋根に上ってブルーシートをかぶせる前の状態
メッシュの部分もですが、↑画像でちょうどシートがかかっている中央付近の蓋板がめくれて雨漏りしていました
これを新たに調達した大判のビニールシートで覆いなおし、風で飛ばないようゴムロープで硬く縛って完了。
※十分に安全に配慮して施工しました

下から見ると一見気づかなそうなぴっちり具合。また1年ぐらいはもってほしいものです

せっかく屋根に上がったので各種パーツを見てみましょう
ヒューズ箱とパンタグラフと

パンタのばねが左右とも切れているので無理やり上げてもきれいに上がらないかも…

ホーム側(京急時代の海側)が“BF”

横須賀線側が“MF”

屋根中央のモニターの側面にある通気口は冬場は板をはめ込み、ねじで締めてふさぐことができる構造。ちなみにFRP製なのでうかつに天面に乗るとバキッと割れそうです

1号線型誘導無線(IR)アンテナの配管覆いは割れてしまっていて、コードの銅線にかかっていたねじりの反発で浮き上がってしまっているので、本来はこんなに跳ね上がっていませんでした。

小さいほうのアンテナは配管がなくなってしまっています。
我々としては特に配管などを再生するつもりはないですが、研究や模型作りの資料になれば幸いです。

また連結面側の側ドアが開かなくなっているとのことでしたが、見てみると車両用のカギがかかっていたのでそれを回したら開きました。とはいえ動きがかなり渋くなっていたのでドアレールをいくらか調整しました。
ちょっとはましになるかと思ったらあまり変わりませんでした。上に隠れているドアを釣る車輪が劣化しているのと、力づくで開け閉めしていることで傾きが生じているようです。

そんな作業をしたあとは撮影タイム。お客さまが側面サボをいろいろ持って来てくれました
ミュージックトレイン号

特急 品川←→三浦海岸

特急・三浦

特.急

裏返して急.行

座席指定
時代などなんとも言えないレトロ感があってデハ601によくマッチしています。

前面には以前“ことでん貸切乗車団”さまから譲っていただいた逗子行サボのレプリカを貼ってみました。カッティングシートですが出来が良く引き締まりますね。

こんな感じで今年の定期活動は終了。また来年も第二土曜日に活動します。
次回は1月11日になりますね。デハ良いお年を~

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2024年12月14日土曜日

解体間近? の川崎市交トロリーバス104号【保存車】

 川崎市高津区で保存・活用されていた川崎市交通局のトロリーバス最後の1両が近々解体されるという情報がネットに飛び交いました。
最後になるかもしれないと思ったので時間を作って筆者も見に行ってみました。

某駅から歩いて5分ほどの幹線道路の裏道沿いにそのトロリーバスを発見!!

作業などしている様子がなかったのでフェンス越しに観察してみます
これまで屋根をかけて集会所として活用されていたそうですが、その屋根は完全に取り払われて基礎だけが残っています。

実際に見てみると結構小ぶりな車体。
バスにはからきし疎い筆者なのですが、丸みを帯びたモノコック車体(?)はなんとなく親しみを感じます。

基礎にめり込んだバンバー

フロントガラスは破損したらしく板でふさがれています

町内会で作ったらしいヘッドマークが。
地元で愛されていたことがうかがえて好感が持てます💙

側面
トロリーバスは分類上鉄道車両になるそうですが、バスと思って見てもよくぞ今まで残っていたものだ!! と感動を覚えました

前ドア
下の方が腐食で一部欠けてはいますが、朽ち果てて土に還った廃バスなんぞに比べればまだぜんぜんましで、技術があれば修復可能な範囲のように見受けられます。

中ドアも折戸式その上に方向幕があったようです

側窓はいわゆるバス窓。屋根の通風機は薄い鉄板でできているようでほとんどのものが上部が変形していました

最大の特徴であるポールは失われており、支持物のみが残ります

後面
丸くて大きいテールライトと矢印型のウインカーが昭和中期らしさを感じます

ネットニュースでも報じられたことから見ている間にもほかにカメラを向ける見学者がいらしており、注目の高さがうかがい知れます。
知る限り関東では現存する最後のトロリーバスのこの車、ここで失われるのはあまりにももったいない…と思って見ていましたが、果たして解体されるのか動向が気になるものです。

ちなみにすぐ隣には“二子塚”の碑があり、二子という地名の由来が書かれています。
なおご覧の通り周囲は住宅地ですので、現地に行かれる際はくれぐれも近隣の迷惑になる行為は慎むようお願いいたします。

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